「自信がないので、自分に自信をつけたい」
という方が時々ご相談にいらっしゃいます。


自分に自信がないので、
「自信をつけるために、仕事で成果を上げたい」
「自信をつけるために、すばらしい女性とお付き合いしたい」
とおっしゃるのです。


一見、理にかなっているように聞こえるかもしれませんが、


私は
「〇〇を手に入れて自信をつけるというその考え、ちょっと危ういかもしれませんよ。」
とお伝えしています。


と言うのは...その考え方を進めていくと

・仕事で成果を上げた自分→ 自信がある
・彼女がいる自分→ 自信がある
・誰かに評価されている自分→ 自信がある


・仕事で失敗した自分→ 自信がない
・彼女がいない自分→ 自信がない
・誰かに評価されない自分→ 自信がない

ということになると思いませんか?


裏を返すと、たとえ成功体験のおかげで自分に自信がついたとしても、
・仕事で失敗すると自信を無くしてしまう。
・すばらしい女性と別れたり、愛想をつかされると自信を無くしてしまう。
・自分を評価してくれない人が何人か現れると、自信を無くしてしまう。

ということになってしまうかもしれません。
つまり〇〇があるから自信があるというのは、
本来の自信のなさをカバーする「条件付きの自信」なのです。


何かが「ある」ときに自分を信頼するというのは簡単なことです。
だけど、成功もあれば、失敗もある長い人生のなかで、
本当に自分を支えてくれるのは、
「できない自分でも大丈夫」
「失敗した自分でも大丈夫」
「たいしたことない自分でも大丈夫」
「恰好悪い自分でも大丈夫」
「あの人が評価してくれない自分でも大丈夫」
というように、何もない自分を受け入れること、
つまり何があってもなくても「自分を信じる自信」なのです。


〇〇を身につけると自信がつくという考え方の背景には、
〇〇がないと自信がない。あるいは、〇〇ができないと自分には価値がない。
...というように黒か白かを色分けするような二元論の考え方があります。


しかし、人間の価値というものは、本来そういうものではありません。


すべての人は本来、平等にこの世に生を受けています。
何ができても、何ができなくても、価値ある存在なのです。


生まれたての赤ちゃんは、すべて無条件で価値がある存在です。
生まれたての赤ちゃんを見たお父さん、お母さんは
「生まれてきてくれてありがとう。」とただ感謝します。





それなのに、本来価値ある存在である私たちは、
成長するにつれ、周りの人たちの都合やルールの物差しに合わせて、
「勉強ができないあなたには価値がない」
「言われたことをうまくできないあなたには価値がない」
というような、価値観の刷り込みを受けていくうちに、
何かができる自分には価値があるけれど、
本来の自分には価値がないと思いこんでしまうのです。


何かができたら価値があって、何かができないと価値がないのは、
周りの人の都合や物差しの話であって、
人間としての自分本来の価値とは関係ありません。


それぞれの人がいろいろな都合で自分の体につけた物差しを、
自分から外していって、
「それは私の物差しではなく、あなたの物差しですよ。」
と本来の持ち主にお返ししていく。


そして、物差しのついていないありのままの自分を受け入れることが、
本当の意味で自分を支えてくれる自信につながってくるのです。


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